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2004/4の湾岸署

[2004年4月28日(水)]

「悪いねぇ」
「いや、俺が作ったシステムっすから」
ここは杉並署の捜査資料室である。
篠原と青島がパソコンに向かって座っている。
篠原の胸には“捜査資料室長”のバッチがあるはずだが、青島に持ってきたお茶を載せたお盆がそれを隠している。
「それにしてもすっきりしましたねぇ」
辺りを見回す青島。
「前は本棚ばかりで薄暗かったのに、観葉植物なんか置かれちゃって」
窓から太陽の光が差し込み、葉っぱの上で転がる水滴がキラキラと光った。
青島は視線をパソコンに戻した。
「コレのお陰だよ」
と篠原はパソコンのディスプレーをポンポンと叩いた。
「捜査資料が全部これに入ったから、紙の資料は倉庫行きだよ」
そう笑いながらお茶をすすった。
「今じゃ、みんなこれ頼りだ」
そう言うと、横に置かれていたレポートを取り上げた。“機密保持のための指示書”と書かれている。
「でもお陰でプライバシー保護とかでパソコンを操作した記録を取らなきゃいけないとか言われたけど、ちんぷんかんぷんでね」
青島はたばこをくわえたまま一心不乱にキーボードを叩いている。
「どうだい?」
篠原がディスプレーを覗き込もうとすると、青島はエンターキーを二度ほど叩き、大きく煙を吐き出した。
「はい、完成っと」
たばこの灰を灰皿に落とし、ぬるくなったお茶をすすった。
「ここに名前とパスワードを入れると自動的に記録が取られますから」
そう言ってまたたばこをくわえた。
「ありがとうありがとう。ほんとに助かったよ」
篠原は顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。
「じゃちょっとテスト」
そう言って青島はまたキーボードを叩いた。二三のメニューを辿ると、犯罪者リストが表示された。
「最初以外は今までと同じなんだね」
篠原はホッとしている。
カーソルキーを叩いていると、何人か目に見覚えのある顔が映し出された。名前欄に“鏡恭一”と書かれている。
「あ」
と小さく声を上げた青島に、
「知り合いかい?」
と篠原は尋ねた。
「えぇ、まぁ」
と応えた青島は、鏡の写真と同じような薄笑いをして見せたのだった。

[2004年4月27日(火)]

「あぁ、またかぁ」
すみれがため息をつく。
「また・・でしたね」
と、あとから出て来た緒方も続く。
ここは質屋の前。二人が出て来たばかりなのでのれんが揺れている。
「今月何件目だっけ?いたずら通報」
「えっと、4件目です」
緒方は慌ててメモ帳をめくりながら答えた。
「きっとゴールデンウィーク前に浮かれてるバカが遊んでんのね」
“バカ”にいっそう力を込めて苦々しく言うすみれ。
「こっちはゴールデンウィークなんて関係ないんだから、付き合わせないで欲しいわ」
ブツブツ言いながら歩き出した。
「だいたい刑事課少なすぎるのよ。街はどんどん大きくなるのに刑事の数はそのままだなんて」
論点が変わる。
「お陰で休みもロクに取れないし。そろそろ夏服新調したいのに」
すみれの話は半分にキョロキョロあたりを見る緒方。
「こないだだって」
と振り返って文句を続けようとしたすみれを緒方が止めた。
「ほら、すみれさん、あれ」
緒方の指さした先は“甘味処”の看板であった。
「おごりますから、機嫌直して」
と緒方はニッコリ笑う。
「あら緒方くん、いつもいつも悪いわね〜」
途端に表情の変わったすみれは、ピョコピョコ飛び跳ねながら入り口のメニューを見に行った。
緒方の笑顔がストンと消える。
「一日中愚痴聞かされるよりいいけど」
財布の中を見て、ため息をつくのだった。

[2004年4月21日(水)]

「ふわ〜」
大きなアクビをしながら旗を振っている制服姿の青島。
「ほら、ちゃんと見てないと駄目ですよ」
山下圭子が横からつつく。
朝の交差点である。登校中の子どもたちが横断歩道をわたっていく。
信号が点滅し始め、青島は振っていた旗を横に構えた。子どもたちがそれを見て足を止める。
青島はもう一度アクビをしたあと文句を言った。
「なんで俺がこんなことしなきゃいけないのよ」
「何度同じこと言わせるんですか」
圭子がふくれた。
「この交差点、水曜日は私たち警察が立つ日なんです。でも交通課のみんな忙しくて」
「それでなんで俺なの」
「『緑のおばさん』って言ってたら市民団体から『男女差別だ!』って怒られたらしいんですよ。副署長が」
「なんで副署長が?」
「広報担当だからですよ」
「あぁ」
信号がまた青に変わり、子どもたちがわたり始めた。
おはようございます!と挨拶され、青島もおはようと返した。
「それで『緑のおばさんが駄目なら緑のおじさんだろう、ねぇ秋山くん』って」
「署長の真似、うまいねぇ」
圭子はそれに深い意味を感じたのか、少しうつむいた。
「まぁ、それで緑のおじさんといえば青島さんだろうって」
青島は軽くため息をついて言った。
「もう春だから緑のおじさんじゃないよ」
圭子は笑顔で子どもたちに挨拶しながら
「まぁ要するに暇そうな人たちから適当に選ばれたんです」
と元気よく返した。
青島は片目だけしかめて、圭子をにらんだのだった。

[2004年4月18日(日)]

「ちっ、また駄目か」
青島が舌打ちをしている。
「どしたの?」
椅子をくるりと回して青島の机を覗きこむすみれ。
「いやぁ、こいつ」
と指さしたのは、ノートパソコンである。
「こないだ買ったんだけど、新機種のことよく分からなかったし本店で安く買えるっていうから真下に頼んだんだよね」
「へぇ」
すみれが見るとちょうど“真下正義のDRAGNET”というページが開かれていた。「多忙のため更新停止中」と書かれている。 その視線に気づいた青島。
「なんかパパに『機密情報漏らすな』とか怒られたらしく、休んでるんだって」
「こんなご時世だしねぇ」
とすみれ。
「それでさぁ」
話を戻す。
「設定も頼んだんだけど、なんか調子悪くてよく止まんだよねぇ」
そう言ってマウスを動かしたりキーボードを叩いたりするが、完全に固まっている。
「え?壊れてんの?」
すみれも手を伸ばしてキーボードを二三度叩いてみたが、やはり動かない。
「いや、設定だと思うんだけど、真下に電話して聞いたら『今ドラクエやってて忙しいから見られない』って」
「なにそれ」
「ゲーム。買ってから三日寝てないんだって」
「・・・」
呆れるすみれ。
「本店ってそんなに暇なのかしら。手伝いに来いって言ってよ」
「俺もそう言ったら『クリアしたら考えます』だって」
「なによそれ」
すみれが笑うのと同時に、中西が受話器片手に
「恩田くん恩田くん恩田くん」
と声を上げたのだった。

[2004年4月16日(金)]

刑事課に一人の女性がドタドタと入ってきた。
青島とぶつかりそうになる。
「あぁ、すいませ〜ん」
「あっ」
謝ろうとした青島だったが、女性は青島の顔を見ると
「あっ、あなたはいいわ」
と言って、そのまま中西の席にかけていった。
「お宅、新築されたんですって?保険、入りなさいな〜」
中西は誰かに助けを求めるような素振りをしたが、周りは視線を外した。情けない顔になる中西。
「お、おばちゃん、生命保険でしょ?」
女性は“ユウラブ生命”と書かれたパンフレットを抱えていた。
「いや、今年から火災保険も始めたんですよ。地震にも対応してますよ。“お家が揺れてからは、もう遅い”、ほら入りなさいな」
早口でたたみかけている。
それを遠目に見てあきれ顔の青島に、魚住が声をかけた。
「なんで青島くんは“いい”の?」
「いや、『危なっかしすぎるからあなたはいいわ』って」
「あはは。テレビに出たりして最近目立ってるもんねぇ、青島くん」
振り返ると保険勧誘員は中西にはふられたらしく、初めて見る顔の警官を追いかけていた。
「春の異動で配属された人たちを狙ってるらしいね」
魚住の机の上にもパンフレットが置かれていて、それを恨めしそうに見たのだった。

[2004年4月14日(水)]

ドンッ!
「あ、ごめん」
「ごめんなさい」
現場への道を歩いていた青島が、小学生の男の子にぶつかった。
男の子はぶつかった拍子に何か落としたらしく、あたりをキョロキョロ見回している。
青島もつられて自分の足下を見たが、何もない。
「あれかな?」
見つけたのは青島と一緒に歩いていた雪乃だった。
雪乃の視線を追った男の子は白くて丸いそれを見つけ拾うと
「ありがとう!」
と笑って走っていった。
「青島さん・・あれ・・・」
「たまごっち、だったね」
そう言うと、たばこを取り出し火を付ける青島。
雪乃が無言で指さした先には「歩きたばこ禁止」のポスターが貼られている。
青島はめんどくさそうに、誰もいないバス停のベンチに座った。
雪乃もその横にカバンを抱えて腰掛ける。
「最近また出たんだってさ。新型たまごっち」
「ふぅん」
「なんか新機能がいっぱいなんだって、和久さんが言ってた」
「和久さんが?」
吹き出す雪乃。
青島は自分の携帯灰皿に灰を落とした。
「和久さん、ああいうの好きなんだよねぇ。孫にも買うんだって、発売日に並んで二個も買ったって」
「え?お孫さん?産まれたんですか?」
驚く雪乃。
「いや、まだ妊娠もしてないらしい」
「あははは」
笑う二人。
「『孫のことはプレッシャーになるから言わないんだ』とか言ってたけど、二個もたまごっち買ってりゃ十分プレッシャーだよね」
「ホントホント」
青島はたばこを灰皿に突っ込み、現場のマンションに視線を移した。
「さっ、行こうか」
「はいっ」
二人の歩き出した足下で、サクラの花びらが軽く舞ったのだった。

[2004年4月13日(火)]

「おはよう」
「あぁ青島くん、おはよ」
青島はそのままフラフラと椅子に腰掛け机の上に倒れ込んだ。
「どうしたの?うっ」
すみれは口を両手で覆った。
「お酒くさーい!」
と言っているようだが、手が塞いでいるのでゴモゴモ聞こえる。
潰れたままの青島が答える。
「和久さんとさっきまで飲んで・・・た」
「さっきまで?!」
「真下も一緒だっ・・・た」
そう言うと、潰れたまま弱々しく手だけ動かし、カバンの中から缶コーヒーを出してプルトップに指をかけた。
「若いわねぇ・・・」
呆れるすみれ。
「若くないの。もう限界」
青島はそういって、ようやくコーヒーを開け二口ばかり飲んだ。
「和久さん休養十分だから元気タップリでさ」
コーヒーのお陰か少し回復した様子の青島が、ようやく顔を上げた。
「真下が今日は非番だって聞いたら引っ張ってもう一件行っちゃった。まだ飲んでんじゃないかな」
「そんなに元気ならまた指導員に戻って貰おうか」
と笑うすみれ。
「俺もそう言ったら、『まっぴらごめんだね』ってさ。盆栽いじりが楽しくて仕方ないみたいよ」
「そっか」
そこへスピーカーからいつものサイレンが鳴り響いた。
「警視庁から入電中、警視庁から入電中、管内台場四丁目の路上で・・・」
「よっしゃ!いくか!」
空き缶をすみれにあずけ飛び出す青島。後ろから森下が慌ててついていく。
すみれはそれを見送ると、空き缶をそっとゴミ箱に落としたのだった。

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