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2002/06の湾岸署

[2002年06月26日(水)]

現場から帰る道すがらの青島と和久。
「ワールドカップもそろそろ終わりすね」
丁度行き交った子供達の自転車のカゴにサッカーボールを見つけて青島が言った。
「そうだなぁ。祭りが終わるみたいで寂しいなぁ」
と和久。
「和久さん大はしゃぎでしたもんね。サッカーファンでもないくせに」
「うるせーな。日本中にわかサッカーファンじゃねーか」
「ほんと和久さんミーハーなんすから」
歩き疲れたか、青島は公園のベンチを指さし二人そこへ腰掛けた。
隣に灰皿があることを確認してタバコに火を付ける青島。
「ミーハーって言えばよ」
和久である。
「娘が盆栽始めるっつーんだよ」
「盆栽?あの娘さんが?」
驚く青島だったが、
「何が『あの娘』だ。おめぇ一度も会わねぇじゃねぇかよ」
と和久に返される。
「いや、和久さんそっくりって聞いてから俺ん中で娘さんの顔出来上がってんすよ」
「でな、鉢を貸せっつーわけよ」
和久は話を進めた。
「最初は木植えて水やってってしてたわけよ」
青島は話を聞きながら灰皿に灰を落とした。
「それから俺風呂入ってよ、戻ってみたら盆栽に人形が刺さってんだよ。びっくりしたなぁ」
「盆栽に人形?」
「おぉ、何故かサンタが刺さってたよ」
「サンタ・・・」
何か言おうとする青島だったが、やめた。
和久が続ける。
「マン盆栽って言うんだってよ。流行ってるらしいんだ」
「へぇ」
「俺も最初はなんだこりゃって思ったけどよ、やってみたら楽しいんだこれが」
「ほんとミーハーだな」
「うるせー。まぁそれで調子に乗って家中の盆栽に人形載せたわけよ」
青島はタバコの煙で輪を吐きながら聞いている。
「やっと終わって改めて見渡したら、これがまたヘンでな」
「あはは」
「結局全部とっぱらっちまったよ。お陰で腰が痛くてな。ミーハーって腰が痛いな」
「なんすか、そりゃ」
と笑う二人の頭の上を、ツバメが輪を描いて飛んでいくのだった。

[2002年06月08日(土)]

ボーッと立っている青島に背後から静かに忍び寄る和久。
「つめたっ!」
叫ぶ青島。
「こんな時間に部屋をうろついている刑事なんていないぞ」
そう低い声で言う和久の手にはオロナミンCが握られており、それが青島の右頬に当てられていた。
「何言ってんすか。みんないるっすよ」
確かに皆いる。うるさいくらいに賑やかだ。
「和久さん、テレビの見過ぎ」
そういうとオロナミンCを受け取り、二人は同時に飲み始めた。
「ほんとにミーハーすね。ちょっとずれてるけど」
二人は席に着き、青島はタバコを取り出した。
和久は暑そうに扇子であおぎながら言った。
「うるせーな。趣味は盆栽とテレビ鑑賞だよ」
「爺さんみたいすね」
「爺さんなんだよ。見りゃ分かるだろ」
青島はタバコに火を付けた。
「そういや、今年の一日署長誰にするか悩んでるみたいすね」
「俺はあややがいいって言ったんだけどな」
「なんすか。あややって」
「松浦亜弥だよ。しらねーのか」
青島はタバコをくゆらせながら呆れた。
「ほんとミーハーっすね」
「いいじゃねーか」
その向こう。階段から降りてくる神田と秋山。
「署長。今年の一日署長なんですが・・」
なにやら書類をめくっている秋山。
「あぁ、決めないといけなかったねぇ」
すっかり忘れていた様子の神田。
「どうかね、一日署長も私ということでは」
「いや、それはさすがにまずいかと。もともと年中署長ですし」
返答に困る秋山だったが、書類に目をやると気を取り直して読み出した。
「今年はモーニング娘がいいという声が多いんですが・・・」
「え、それはいかん。いかんよ秋山くん」
「どうしてでしょ」
「だってあんなにいっぱいいたんじゃ誰が署長か分からないじゃないか。何十人も署長がいたら困っちゃうだろ」
「おっしゃるとおりで。では次は・・・うん?」
「誰だい」
「あやや、と書いてあるんですが・・・あやや?」
首を傾げる秋山だったが、神田が鬼の首をとったように言った。
「知らないのかね、あやや。あれだよ、沢田亜矢子だよ。離婚も大変でアヤヤってね」
「はぁ・・あはは」
訳の分からないシャレに苦笑いの秋山。
「沢田亜矢子ねぇ・・いいねぇ。若い頃の好きだったんだよねぇ・・」
「署長もですか!私もだったんですよ!」
「よし、じゃあそれでいくか。あややで」
「いいですなぁ。そうしましょう。あやや」
二人これで決まりとばかりに手を打ってどこかへ消えたのだった。

[2002年06月07日(金)]

「はぁ」
雪乃がため息をついた。
「どうしたんですか?」
真下が覗き込む。
「真下さんも英語勉強して下さい」
そう力無く言うと雪乃は机の上に顔を伏せた。
「ど、どうしたんですか」
真下は隣の魚住に訊いた。
「昨晩は妙に外人の喧嘩が多くてね。雪乃さん引っ張りだこだったんだ」
魚住はその報告書を書くのに忙しくペンを動かしている。
「なるほどね・・英語勉強しよかな」
と呟く真下。
青島はその横で若い男達を取り調べている。
「で、君は」
その中の一人に声をかける。
「いや、僕は・・彼が殴りかかってきて・・というか・・えぇ」
ボソボソ喋っている。
「じゃあ君」
青島は別の一人を指さした。
「奴が・・いや彼が・・蹴って・・いやガツンと・・つーか」
こっちもボソボソ喋る。
「何なんだお前らハッキリ喋ろよ。調書書かなきゃいけないんだから」
切れる青島だったが、後ろで暇そうにしている真下を見つけると手招きした。
「俺また一件行くとこあるからさ、こいつらの調書頼むよ」
「えぇっ?」
嫌そうな真下。
「なに、なんかあんの?雪乃さんの心配だけじゃなくて俺も手伝え」
「聞いてたんですか」
渋々書きかけの調書を受け取る。
「こいつらの言葉は難解だからな。日本語の勉強もいるかもよ。じゃっ」
そういうと青島は飛び出していった。
「日本語の勉強・・ね」
真下は憂鬱そうな顔で男達を見つめるのだった。

[2002年06月06日(木)]

「はーい、出来ましたよー」
雪乃が大きなナベを持ってきた。
その後ろですみれが皿を、圭子が小さなナベを抱えている。
「あ、もうこんな時間か」
袴田がゴルフクラブ磨きの手を止めて時計を見た。12時である。
「おっ、いい匂い!」
青島が嬉しそうに席を立つ。
「旨いのかぁ?」
と笑う和久に、
「失礼ね」
と雪乃はふくれて見せた。
すみれと圭子は配膳の準備をしている。
「お、なんだい?」
帰ってきたばかりの魚住が尋ねる。
「八百屋強盗捕まえたら、お礼にってトマト沢山いただいたの。それで雪乃さんがパスタ作ってくれたのよ」
振り返ったすみれが説明した。
「うわぁ、旨そう!」
盛りつけられた皿を受け取った青島が叫ぶ。
「いただきまーす!」
というと、席につくより先にパクついた。
「うめー!」
また叫ぶ。
「うるせぇよ」
と和久は怒るが、そういう自分も箸を付け
「お、こりゃうめぇな」
と嬉しそうに雪乃に微笑んだ。
喜ぶ雪乃だったが、隅で一人小さくなっている真下に気が付いた。
「真下さんもどうぞ」
「あ、ありがとう・・」
少し引き気味に皿を受け取る真下。
「どうしたんだ」
と和久。
「あいつ、トマトだめなんすよ。あ、雪乃さんおかわりくれる?」
と青島。
「うわぁ、喜んで貰えて作った甲斐があったわ」
と雪乃はとても嬉しそうに青島から皿を受け取った。
それを見ていた真下は、
「いただきまーす!」
と明らかに無理した様子で叫んだのだった。

[2002年06月04日(火)]

「うぉー!」
テレビから歓声が聞こえてくる。
「おっ、始まったか」
刑事課全員テレビの周りに集まってきた。
試合前の会場が映っている。
「事件が無いのはみんなワールドカップ見てるからですかねぇ」
真下が鳴らない電話を見つめた。
「平和なのはいいことだよ、毎日ワールドカップならいいんだがなぁ」
と和久。
「何言ってんの。森下君と緒方君の身になってみなさいよ」
とアイスコーヒー片手のすみれ。
「今日も埼玉に借り出されてるんだから」
そう言うと丁度テレビに人員整理している二人が映った。
一同どよめく。
モニターの二人は汗だくである。
「あれ?」
何かに気付く雪乃。
モニターの二人の背後に見慣れた姿がある。
「はいはい、押さないで!そこ、割り込まない!」
叫んでいるのは青島である。
「何やってんの・・・」
呆れるすみれ。
「桑野さんからご指名ですよ。先輩最初は嫌がってたけどタダで試合が見られるって聞いて飛んでいきました」
と真下。
「青島くんスポーツ大好きだもんねぇ」
「でもそこ会場の外じゃねぇか」
「桑野さんに騙されたんでしょ」
モニターに映っていた青島は入場する客に押されて
「うわっ」
という声だけ残してフレームアウトし、映像は会場内の風景に変わった。
「ほんと、何やってんだか」
と言うとすみれはコーヒーを飲み干した。
「さ、いよいよですよ」
一番嬉しそうにしている魚住が叫ぶ。
次の瞬間、甲高いホイッスルの音と観客の歓声が刑事課にも響き渡ったのだった。

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