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2000/06の湾岸署

[2000年06月30日(金)]

「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど」
魚住が青島に話しかけた。
「え?なんです?」
タバコの煙を吐きながら応える青島。
「どっちが先に聞きたい?」
悪戯っぽく笑っている。
青島は一瞬天井を見て悩んだ後、
「えー、じゃあ良い方から」
と答えた。
「桑野さんが今日でまた勝鬨署に帰ってく予定なのだ!」
とても嬉しそうに答える魚住。
「おっ。何故か僕にばかり突っかかって来てたからなぁ」
そんな桑野でもいなくなるのは寂しいのか、少し寂しそうな顔をする青島。
続けて尋ねる。
「で、悪いニュースは?」
「岸本さんが予定日より遅れてて戻れそうにないので、桑野さんの帰る予定が延びました!」
「げっ」
そんな桑野でもいるとなると悲しいのか、肩を落とす青島。
ちょうどその時廊下で桑野が二人を睨んでいた。
また何か言われるかと肩をすくめる青島だったが、桑野は少し頬を釣り上げニヤリと見せただけでどこかへ行ってしまった。
「うわぁ・・あれなら怒られた方がマシだぁ」
と珍しく青島は小さくなるのだった。

[2000年06月29日(木)]

「なにニコニコしてるんですか?」
真下は雪乃に尋ねた。
「え?内緒です」
笑顔はそのままに真下には冷たい。
その手にはペンダントが光っている。
「内緒って、そのペンダントが嬉しいんでしょ?」
と、言いかけたところで
「あっ!!!」
と悲鳴に似た叫び声を上げた。
「ま、ま、まさかそれ、先輩が?!」
と言われて、含み笑いだけを返す雪乃。
「ゆ、雪乃さん、すいませんっ。すっかり忘れてましたっ」
そこへ通りかかる青島。
「大声上げて、どうしたのよ」
と訊くが、真下は憮然として答えない。
雪乃のペンダントに気が付いた青島。
「おっ、綺麗じゃない。買ったの?」
「えぇ。今年も寂しい誕生日でした」
「あ、昨日か。26だっけ?美味しそうな年頃じゃないの」
青島は喜んでいる。
「食べてみます?」
と雪乃は微笑んだ。
青島は、あははと笑い声を残してまたどこかへ行くのだった。
雪乃も去ったあと取り残される真下。
ホッとした表情もつかの間、
「僕が雪乃さんの誕生日を忘れていた事実は何も変わらないんだな」
と、一人肩を落とすのだった。

[2000年06月28日(水)]

「恩田君恩田君恩田君」
中西係長である。
「はい?」
「武君の応援に行ってくれる?」
「応援・・??」
しばし考えるすみれ。
「彼、駅前の寿司屋の盗品を返しに行っただけですよね」
「そうだよ」
「なんで応援??」
「それがね」
少し呆れた声の中西。
「おやじさんえらく喜んじゃってご馳走になってるらしいのよ」
「はぁ」
「昼食とったばかりで、武君食べきれないらしいんだわ」
「!?」
目が輝くすみれ。しかしすぐに曇る。
「でも『オレの出したネタが食えねぇのか』っておやじさんがね・・」
「係長のバカ!!」
「な・・なに・・」
たじろぐ中西。
「お昼ご飯食べちゃったじゃない!!お寿司〜!!」
暴れるすみれ。
ちょんちょん、とその肩をつついたのは青島。
「おれ、手伝ってあげるよ」
満面の笑みである。
「いいよね真下、特に仕事もないし」
と、確認をとった後
「じゃ、行こ。寿司だ寿司だ」
と、すみれの手を引いて出ていく。
「ちょっと。私に感謝して、今度何か奢んなさいよね」
と、すみれはずっとふくれていた。

[2000年06月27日(火)]

「あわわわわ」
言葉にならない何かを発しながら森下が走ってきた。
「どしたの?」
ちょうど廊下に出た青島が尋ねると
「むむむ、室井さんですっ」
「は?」
という青島の疑問符はちょうど階段を上がって来た室井にも聞こえた。
「おや、いつになく厳しい顔をしてるね」
と青島は独り言を呟くが、室井は
「生まれつきだ」
とだけ言って刑事課の中を睨んでいる。
「今日はどうしたんですか?」
と青島が聞いたのと同時に叫び声があがった。
「きゃあ!晩ご飯が来た〜!」
と、走って出てくるすみれ。
「・・・」
室井は何も言わずにただすみれを睨んでいる。
後ろから出てきて室井に向かってお辞儀をしている真下に、青島が聞いた。
「どしたの?」
「こないだすみれさんが『私が室井さんを助けたから奢って貰う必要があるっ』って息巻いてたんですけど、ほんとに呼んじゃうなんて・・」
答える真下も唖然としている。
「あたしのお陰で揉み消しなんて不名誉なことに関わらなくて済んだんだから当然でしょ」
というすみれは、既にグルメ雑誌を小脇に抱えていた。
すみれに袖を引っ張られていく室井を見送る青島たち。
「室井さん真面目だからなぁ。すみれさんの冗談分からなかったんだろうなぁ」
と唸る真下。
「すみれさんだよ?冗談だと思うか?食べ物絡んでるのに」
と言う青島も、実はすっかり呆れていた。

[2000年06月26日(月)](Thnx 千南)

「真下さん、明日の夜って、暇ですか?」
雪乃は帰り際、真下にそう聞いた。
「は、はいっ、もちろん暇です!もう、すっごい暇!!」
念願のデートの誘いかと思い、大喜びする真下。
「お願い真下さん、明日の当直、代わって!」
「え・・・?」
「明日当直なの忘れてて、友達と食事に行く約束しちゃったの」
雪乃は両手を合わせて、「お願い!」と頼み込んだ。
真下は、渋々、
「・・仕方ないなぁ。じゃ、今度何かで埋め合わせしてね」
と、代わることに。
「ありがとう、真下さん!今度真下さんがデートの時は、当直代わりますから!」
雪乃はにこやかにそう言って、刑事課を後にした。
「・・ぼくが誰とデートするって言うんだ」
と、肩を落とす真下だった。

[2000年06月25日(日)]

「本日は知ってると思うが選挙だ。手が空いたら各自投票にいくように」
との袴田の言葉で、朝礼はいつものように簡単に終わった。
「いつもはみんなでまとめて不在者投票するのに、今回はどうしたんでしょうね」
青島が和久に尋ねたが、答えたのは真下だった。
「それは簡単です。忘れてたんですよ。課長が」
「そんなこったろうと思ったよ」
と和久は呆れ顔。
「大きな事件がなかったら行ってこよっと」
という青島に和久は不思議そうに
「なんだ、楽しそうだなぁ」
と訊いた。
「いや、ほら。選挙って競馬みたいじゃないすか。自分が入れた人が勝つかってドキドキしたりして」
と笑って答えるが
「そんなことでドキドキしてるのはおめーくれぇだよ」
と和久はまた呆れ顔。
「それにそんな投票の仕方は不純です。ちゃんと21世紀の日本を考えてですね・・」
真下は一応怒って見せたが
「お前は何を考えてんの?その21世紀の日本ってやつに」
と訊かれて何も返せなくなっていた。
「それにね、ドキドキするのは結果を見るときだけで、投票するときはちゃんと考えてんのよ」
と、青島。
「ほう、何考えてんだ」
と今度は和久が訊くが
「いや、今年もいい年だといいなぁ、って」
と、語尾が小さくなる。
「そりゃ、投票じゃなくて、おみくじだよ。行くとこ間違えてるぞ」
と、和久は笑った。

[2000年06月21日(水)]

「すみれさんすみれさん、これ」
真下が新聞を持って走ってきた。
「ここ、見てみて下さいっ」
と指さしたところを見ると、どこかで見た顔が載っている。
「えー??誰だっけ?」
記事を読むと
『元建設省官房次官の揉み消し疑惑』
と書かれている。
「あ!こいつ!」
写真のしたには小さく「深見哲也」と書かれていた。
「そう、あの時のバカ息子ですよ」
「彼、どうしたの?」
「ひったくりやらなにやらの揉み消しされたのが一気に発覚です」
「へぇ、やっぱり悪いことは出来ないのねぇ」
すみれは腕組みして少し嬉しそうである。
「室井さん、大丈夫かしらね」
「当時の上層部は叩かれてるようですけど、室井さんは大丈夫みたいですよ」
「あら、そうなんだ」
「だってあの時はもみ消してないじゃないですか。すみれさん」
「あ、そうだったわね」
「不起訴にはなりましたけどちゃんと送検したでしょ?」
すみれはしばらく考えたあと
「あっ!」
と声を上げた。
「な、なんですか」
驚く真下。
「つまりあれよね。私がちゃんと処理したから室井さんは助かったわけよね」
「そうなりますかねぇ」
「ということは、室井さんから何か奢って貰う必要があるってことじゃない!」
ニコニコしている。
「必要はないと思いますけど・・・」
という真下の声はどうやら聞こえないようで、すみれは早速グルメ雑誌を開いてメニュー選びを始めるのだった。

[2000年06月20日(火)]

「今日も暑いですね」
「お、気が利くじゃないの」
帰ってきたところの青島が真下から冷たい麦茶を受け取り、飲み干した。
「かーっ、麦茶が旨いねっ」
わざと親父臭くなっている青島。
「そろそろビアガーデンの季節ですねぇ」
「そうだね。駅前のとこもビアガーデンオープンってやってたよ」
後ろから声をかけるのはすみれ。
「またみんなで呑みにいこっか」
「お前呑みすぎんなよ。弱いんだから」
真下をつつく。
「あの時はいろいろあったから飲み過ぎたんですっ」
真下はムキになって返した。
「そういえば青島君ってお酒、弱い?」
すみれが訊く。
「いや、そんなことないと・・・思うよ」
何故か周りをキョロキョロしながら答える青島。
「そっか。じゃあ今度朝まで飲み明かそ」
と肩を叩かれるが
「いやだよ。すみれさん、からむもの」
「そんなことないわよ。私は上品なお酒ですからね」
「なんだよ、自分のしたこと覚えてないのか」
「なによ、それ」
「覚えてないならいいよ。でもオレあまり酔わないから付き合うと大変だよ」
などと話していると、青島の肩を誰かが叩く。
「おい、青島。オレと呑む時ゃあっという間に潰れて寝ちまうじゃねーか。どういうことだ」
「いや、それは・・」
「おめーと出会って四年近くになるが、酒に強いとは知らなかったなぁ」
というと、和久は青島の首根っこを掴んでどこかに連れて行ってしまった。
それを見送る真下とすみれ。
「先輩、説教がイヤで酔いつぶれたフリしてたんだな」
「そんな小細工するから天罰よ」
と、二人は笑った。

[2000年06月19日(月)]

「また教室が開かれるそうですよ」
「あ、そなの?今度は何作ろうかねぇ」
「私はまたジョッキ作ります。いつも壊されてばかりですから」
「私は湯飲みでもつくりますかな」
「うーん、僕ぁ灰皿でも作ろうかなぁ」
「署長はお上手ですから、何でも出来ていいですねぇ」
と言いながら袴田は陶芸教室のポスターを壁に貼り出した。
「それにしても、毎回僕たちしか参加しないよねぇ」
とポスターを見上げながら神田。
「みんなにも参加するように促してはどうだね、袴田」
と神田の斜め後ろで秋山。
「いや、それはちょっと・・」
と、袴田が躊躇していると神田は
「そうだよ。陶芸というねぇ、つまり心のゆとりだよ。そういうものがねぇ、みんなには欠けてると思うわけよ。どうどう?」
秋山に確認すると
「おっしゃる通り」
と返った。
ちょうどそこにすみれが通りかかる。
「おっちょうどよかった。恩田くん」
神田が呼び止める。後ろから秋山が
「陶芸教室、どうかね。一度参加してみては・・」
と言いかけるがすみれは
「忙しいんです。そんな暇はないわよ」
とどこかへ行ってしまった。
入れ替わりに現れた魚住に同じように声をかけるが
「そんなに暇じゃないです」
と返ってきた。
神田と秋山が顔を見合わせて
「なんだよ、まるで僕たちが暇みたいじゃないか・・」
と言っている後ろで
「暇なんですよ」
と袴田は小さく呟くのだった。

[2000年06月18日(日)]

「いい歳して、そのくらい自分で買いなよ」
「はい、すいません」
「相手は中学生だろ。頑張って小遣いためて買いに行ったんだ」
「はい、すいません」
「君はすいませんばかりだねぇ。ちょっと休憩ね」
取調室から嫌な気を振り払うように背伸びをしながら出てくる青島。
「どうだい、ありゃ」
青島にコーヒーを手渡しながら自分もすする和久。
「すいません、しか言わないんすよね」
「ま、無理もねぇか」
「どうしたの?」
すみれもコーヒータイムらしい。
「人気のゲーム機の強盗だよ。子供からかっぱらおうとしてケガまでさせたんだ」
青島が説明する。
「そりゃ格好悪くて何も言えないわね」
紙コップにコーヒーを注ぎながら、すみれ。
「事情だけきいて送検しちゃった方がいいわよ」
「そうなんだけどねぇ」
青島は器用に片手でタバコに火を付けた。
「反省や更正は俺達の仕事じゃねぇんだぞ」
和久はそう言うが、青島には意味がないことも知っている。
「子供にそういうことするって神経が、許せないんだよなぁ」
ふくれる青島。
「青島君だって子供相手にのしかかって頭叩いてたでしょ」
「は?」
同時に驚く青島と和久。
「何年前だったかしらね。地域課から聞いたわよ。ピーポーくん着て暴れてたでしょ」
肘で青島をつつくすみれ。
「あ、そんなことも・・あったかなぁ・・・」
と、青島は言ったが、明らかに白じらしかった。

[2000年06月17日(土)]

「あら、交通課の手伝い?」
すみれはニコニコしながら真下に訊いた。
「これ、出してくれって頼まれたんですよ」
と、ピーポー君の頭を抱えて真下が応える。
「そっか夏休み前に交通安全教室やるのねぇ」
納得するすみれ。
「ほら、この辺も交通量が多くなりましたし、夏休みはもっと凄いですから。近在の小学校から引っ張りだこみたいです」
「そうは言ってもこの辺の学校なんてそんなにないでしょ」
「いや、全校いっぺんには出来ないですから、一校あたり何回かに分けてやるみたいです」
「そっか。で、なんで真下君が運んでるわけ?」
「それは僕が一番暇だからです」
と苦笑いすると、圭子と夏美がやってきた。
「ありがとうございます」
と圭子は真下にお礼を言う。
「真下さんもかぶります?」
とは夏美。
「毎年これで3Kgは痩せちゃうんですよね」
ときいたすみれは即座に
「私にもやらせてくんない?」
「すみれさんそんなに太ってないでしょ?」
と圭子はすみれの全身を上から見ながら訊くが
「見えないところは結構きてんのよ」
と笑った。 が
「すみれさんはこれ着られないよ」
と声がする。振り返ると青島。
「背が足りないよ」
と言って笑っている。
「ああそうですねぇ」
夏美は頷く。
「で、この忙しいのにそんなの着て遊んでるわけ?」
とすみれに言われた青島は、首から下がピーポー君だった。

[2000年06月16日(金)]

「頼みますよぉ」
「やだね」
「一生のお願いですから」
「おめぇの一生は何度あるんだよ」
「そんなこと言わないで・・ねぇ」
「そんな口きくんだな。絶対きいてやらねーぞ」
和久と青島が早足で追いかけっこしている。
「どうしたんですか?」
ちょうど通りかかった夏美が笑いながら尋ねた。よほど楽しそうに見えたらしい。
「こいつがよ、うちの娘と結婚させてくれってうるせーんだよ」
とゆび指す和久。
夏美はびっくりしたように目を丸くして青島を見た。
「違う違う」
青島は大きく頭を振った。
「なんかおばさん同士がケンカしたらしくって傷害になったのよ。ちょっとばかし苦手だからさ・・」
と、苦笑いした。
「みんな出払ってて和久さんしかいないんだ」
と言いながら再び和久の背中に
「頼みますよぉ。付き合ってくださいって」
「お、そだ」
と振り返る和久。
「おめーうちの娘に会ってくれよ。そしたら付いてってやらぁ」
「げっ」
喉の奥で唸る。
「というわけで、行ってくるから。じゃね」
と、青島は夏美に向かって引きつった笑いを投げて、逃げていった。
その後ろを追いかける和久。
「頼むよぉ。付き合ってやってくれよ」
という声はエレベータの中に消えていった。
夏美には、やっぱり楽しそうに見えたのだった。

[2000年06月15日(木)]

「雪乃さん」
「なに?」
「少林寺拳法やってたんでしょ?」
「今でもやってるわよ」
「練習に行ってるんですか?」
「被疑者捕まえるときにね」
「はぁ、そういうことですか」
「でも今から早速使うかもしれないから逃げた方がいいわよ」
「な、なんですか?」
「さっきから、真下さんの眼いやらしいのよ」
「そ、そんなことないですよ」
「いや、やらしいね。お前はいつもやらしいよ。そうだ」
「何力強く納得してるんですか、和久さん」
「和久さんからも指導員として指導してくださいよ」
「指導ったってなぁ・・・」
「頭掻いてないで、指導指導っ」
「よし、分かった。真下ほら、あっち行ってろ」
「えーっ」
「何が、えーっ、だよ。ほら、行け」
「分かりましたよ・・せっかく・・」
「ありがとうございます。真下さんったらまだ向こうでブツブツ言ってる」
「ふくれてるところ悪いんだけどよ」
「ん?なんですか?」
「ブラウス。胸のところボタン止め忘れてるぞ」
「あ・・・」
「じゃ、オレは指導したから、これで」
三人とも、それぞれ顔を赤くしているのだった。

[2000年06月14日(水)]

「おい、青島」
後ろを歩いていた和久が青島の首元を見ながら、声をかけた。
「なんだこりゃ」
うなじを指さす。小さなブツブツが真っ赤になっている。
「あぁ、これねぇ」
と言いながら青島はその部分を掻いた。
「汗疹なんです、もう痒くって」
「おぉおぉそんな季節になったかぁ」
「人ごとだと思ってぇ。大変なんすよ」
凄い勢いで掻いている。
「お前汗かきだからなぁ」
和久は笑った。
「でもそんなとこに汗疹出来るなんてよ、おめーやっぱり変わってんな」
「やっぱりってなんすか。和久さんだって汗疹くらい出来るでしょ」
「オレは人間が出来てるから汗疹なんてかかねーよ」
自慢気に笑っている。
青島は小声で
「やっぱり歳食うと干涸らびて水分なくなんだな」
と呟いたが、
「だれがミイラだって?」
と、しっかり和久には聞こえていた。

[2000年06月08日(木)]

「中西係長ぉ」
魚住が声をかけた。
「すみれさん、今日一日貸してくれませんかねぇ」
「えぇ?こっちも忙しいんだけど・・・」
と、すみれを見るともう出かける準備をしている。
「そんなに急ぎの仕事はないですよね」
とすみれに言われて、
「まいっか、どうぞ。すみれさん、今日は強行犯手伝ってあげて」
魚住とすみれにそれぞれ伝えた。
「今日は何なんですか?」
と、すみれ。
「暴力団の摘発で本店の手伝いにみんな借り出されちゃってね。人足りないのよ」
魚住がカバンに書類を詰め込みながら応えた。
「僕も行かなきゃいけないから、駅前の傷害事件行ってくれる?」
と言い残し、魚住も小走りに出て行ってしまった。
「課長っ」
のんきにコーヒーをすすっている袴田を呼ぶ。
「うん?なに?」
よほど熱かったか、カップから手を離し耳たぶをいじっている。
「今日は私一人なんですか?」
「青島君も残るはずだけど、まだ戻ってこないね」
ふぅ、とため息を付いて振り返ると、刑事課には誰もいなくなっている。
「課長、これだけ忙しいんだから手伝ってくださいよ」
両手を腰にあて、少しふくれてみせるすみれ。
「いや僕はね、捜査に出るなって言われてるんだ」
「は?」
「一年以上前に捜査に出た時さ、ほら雪乃さんが切られた時だよ。凶器のナイフ触っちゃったんだよね」
と、苦笑いしている。
「本店と署長とそれぞれから『慣れないことするな』ってきついお達しがね・・」
呆れた表情のすみれ。
「なにやってんだか・・・」
の呟きは、袴田には聞こえなかった。
ちょうどそこへ帰ってくる青島。
「あ、すみれさんこっち手伝ってくれるんだって?悪いねぇ」
右手を縦にして、言う。
「私を雇うと高いわよ」
と、すみれは笑った。
「じゃ、駅前の、行こっか」
「はーい」
すみれはカバンを肩に提げる。
「いってきまーす」
と、二人同時に言い残し、飛び出していくのだった。
「みんな元気でいいねぇ」
と、袴田は独り残されたことが寂しそうに、またコーヒーをすすった。

[2000年06月02日(金)]

真下は少し早めの昼食をとる。
今日は近所で買った海苔弁当である。
まだ書類書きの終わってない青島はそれを横目で見る。
書類に眼を戻そうとすると、
「?」
不思議そうな顔をしてその視線を廊下に移す。
机の陰になっているのでよく分からないが、なにやらモコモコしたものが動いている。
立ち上がって正体を見ようとすると、向こうの方から自己紹介をした。
「ニャア」
あれ?ネコ?と、すみれも気付いたようだ。
青島とすみれ両方に注目されたネコは、またひとつニャアと口を開けて青島たちに寄ってきた。
すみれは嬉しそうにネコを抱き上げ
「あらら?迷子の猫ちゃんね。あなたのおうちはどこですか」
と歌混じりに話しかけている。
長毛でグレーと白の混じったそのネコは、抱かれるのが苦手な様子で身体をくねらせた。
すみれの手から青島の机の上に器用に降り、においを嗅ぎながらノソノソ歩いていく。
何かを見つけたネコは、急に身構えてほふく前進になる。
「なに見つけたのかしらね」
すみれは青島にささやく。
「ハエでもいるのかな?」
と、青島が呟いた瞬間、ネコは走り出した。
そして、真下が雪乃となにやら話しているスキに、弁当にのっているノリをくわえて、出口に向かって逃げていく。
出口で立ち止まり青島たちを振り返った後、ノリをくわえたままこんどは「ニャオ」と挨拶して、出ていった。
「あら、ネコちゃん『いただきます』とでも言ったのかしらね」
すみれは笑った。
「あ、すみれさん服」
と青島に言われ胸のあたりを見ると、ネコの抜け毛が大量に付いている。
「ありゃあ」
というすみれのため息と同時に真下の
「あぎゃー!ぼくのノリがないー!」
という叫び声が、聞こえた。

[2000年06月01日(木)]

「すみれさんは、結婚しねーのか?」
とは、和久。
「和久さん、それセクハラですよ」
とは、雪乃。
「結婚なんてする気無いわよ、まだ」
とは、すみれ。
「まだ、ってことは、いずれは嫁に行くんだな」
「そりゃ、女の子だもん、ねぇ」
と雪乃と二人で、ねぇ、が合う。
「警視総監になる人探してるんだけど、なかなかね」
「お、いいのがいるじゃねーか」
と、ちょうど青島が通りかかる。
「ん?なに?」
青島はこっちを向くが、
「青島君なんて百年かかっても警視総監なんて無理ね」
と、すみれは軽くあしらった。
「じゃあ結婚相手には無理だなぁ」
と和久は笑ったが、それを聞いた青島はキョトンと言う。
「うん?すみれさんがお嫁に行けない原因をみんなで考えてるの?」
「私がお嫁に行かない理由をみんなで喋ってただけよ」
すみれは憮然と応えた。

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