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2000/03の湾岸署

[2000年03月31日(金)]

「交通課に来たのだが、ここでいいのかね?」
真っ赤な服を着た男が、なぜかいばって立っている。
「?」
顔を覗き込んだのは夏美。
「どこかで会いましたねぇ」
「そういえば君の顔は見たことがあるぞ」
二人とも腕組みをしてしばは考えるが、間もなく
「あっ!?あの時の!」
お互いを指さす。
「君の写真はいまでも私の家にあるぞ。乗り物酔いは治ったかね?」
男は高らかに笑う。
「もうしてませんっ。あの時は新任で緊張してたんですっ」
夏美はふくれて見せる。
「それはよかった。ところで私の愛車がレッカー移動されたのだが・・」
「ひょっとしてあの趣味の悪い車ぁ?」
天井を見て思い出すような仕草の夏美。
「そんな車は知らないぞ」
怒っている。
「じゃああっちの格好いい車かしら?」
「あぁ、きっとそれだ」
見てもいないのに、男は強く頷く。
「私がちょっと買い物をしようと車を寄せておいたらなくなっていたのだ。そもそも君たち警察と来たら最近は・・」
と上から見下ろすように訴えはじめるが夏美は
「罰金払うならはそこよ」
と、圭子の座る受付を指さした。
男は少しも動じず、
「うむ。ありがとう」
と夏美に頷き、圭子に免許証を見せて「三井です。よろしく」などと言っている。
それを後ろから見る夏美は、
「きっとあの趣味悪い方だわ」
と、確信していた。

[2000年03月30日(木)]

「そういや、室井さんの親戚ってのが来るの、そろそろじゃないんすかね?」
現場に向かう道すがら、和久に訊く。
「そういやそうだなぁ。あれ以来話聞かねーが、どうなったんだ?」
「実はですね・・」
後ろをトボトボ歩いていた真下が口を開く。
「もう配属されたんですよ」
「へ?」
青島は妙に甲高い声を上げた。
「最初は交番勤務なんですって」
真下は飄々と答える。
「室井なんてのが配属されたなんて話聞いてねーけどなぁ」
と和久が言うと真下は、
「そうですよ。名字違いますもん。母方の親戚なんじゃないですか?」
そう言う割に肝心の名前は忘れているようだ。
「楽しみっすねぇ。どんな奴なんでしょうねぇ」
ポケットに深く手を突っ込んだ青島が和久にニコニコするが
「お、ここだ。仕事仕事」
と、すぐ目の前のコンビニを指さして、仕事モードに入ったのだった。

[2000年03月29日(水)]

「今日は先輩非番なんですねぇ」
と言う真下に
「なんで私に訊くのよっ」
とすみれは怒っている。
「いや、訊いたわけじゃなくて独り言です」
とかしこまる真下。
「なんか美香先生と映画行くとか言ってたなぁ」
後ろで魚住が呟く。右の眉がヒクリと上がるすみれ。
「おいおい、すみれさんをいじめるなよ」
和久が笑いながら振り向く
「青島のやつぁ学校の子供達と映画行くんだってよ」
「なんで先輩が?」
「一緒に行くはずだった先生が病気とかで行けなくなって代わりに付き合うんだってさ」
「あの濃い顔で子供には人気あるみたいだからねぇ」
「だーかーらっ」
すみれが机をバンと叩く。
「なんで私に向かって話すのよ三人ともっ!」
と言いながら席に座るが、次の瞬間ホッと息を付いたのを後ろからでも三人からは見てとれて、それぞれ微笑むのだった。

[2000年03月28日(火)]

「こんにちわっ」
少し伸びた髪がなびいた。
「美香先生っ!」
と青島より先に叫んだのは真下だった。
「今日はどうしたんですか?」
と訊いたのは真下なのに、青島の方を向いて
「この春から一年生の担任することになったんですよ。また交通安全指導をお願いしようと思ってそちらにご挨拶に伺ったんです」
と交通課を指さして答えた。
「マメですねぇ」
青島はいつも以上にニコニコして頷いている。
「今日は他に用事は?」
青島の方から訊くと
「本屋さんにでも寄って帰ろうかと思ってました」
と、美香は眼をクリクリさせて言う。
「じゃあこちらでコーヒーでも・・」
と、青島は美香を引っ張って休憩所へ消えていった。
「な・・なんだありゃ。僕が訊いてるのに二人で会話してらぁ」
真下は口を尖らせた。
「いいのかい、すみれさんよ」
と後ろからニヤニヤした和久が袖を引っ張ったが。
「べっつにっ。行くわよ、武くんっ」
すみれは無造作にカバンを掴んだかと思うと、出ていった。
それを見送ると、
「春だねぇ〜」
と、変なコブシを利かせて鼻歌を歌う和久であった。

[2000年03月27日(月)]

「先輩、まだそのスーツ着てるんですか」
青島の手にはクリーニング明けの真っ赤なスーツ。
「せっかく支給された物なんだからちゃんと使うよ」
ロッカーにしまいながら返事する。
「青島は何度も自前のスーツをボロボロにしたけど経費で落ちねぇもんな」
と言ってお茶をすする和久。
「まいっちゃうよねぇ」
青島はこっちを見ていた雪乃に苦笑いをした。
「上の命令を無視した単独捜査の挙げ句ですから、仕方ないですよ」
と真下は言うが、
「うるさいよ。お前みたいに八方美人じゃないんだよ」
と青島につつかれたのだった。
その横で、
「今度はあのスーツ、何に使ってるんだろ・・青島さん・・」
と雪乃は独り言のように、つぶやいた。

[2000年03月26日(日)]

「ちょっと智子っ」
すみれが電話に向かって怒っている。
「あなた私が刑事だって言っちゃったでしょ」
右手は机をトントンと叩いている。
「一年以上前のことだって、そう簡単に忘れないでしょ、とぼけないでっ。もう大変だったんだからぁ」
口調と裏腹に顔は笑っている。
「あのあとさんどうなったと思う?警官になっちゃったのよ」
受話器の向こうから後ろの青島まで聞こえるほどの「えーっ!」という叫び声。
「智子、責任とってよね」
と言った後、
「え?そう?じゃ電話してね。またねぇ」
と幸せそうに電話を切った。
後ろの青島。
「何か旨い物食べさせてくれるとか言われたんでしょ」
「え?なんで分かったの?」
と振り向くすみれは、これ以上になく幸せそうな顔をしてどこかに行ってしまった。
「友達も、すみれさんのつり方は心得ているんだねぇ・・」
と、青島はその背中を目で見送った。

[2000年03月24日(金)]

「先輩って怖い物なしですよね」
真下が突然言い出した。つまり暇なのだ。
「青島さんのこわいものってなんですか?」
雪乃が訊いた。
「なんだろうねぇ」
手を止めてしばし考えるが、浮かばないようだ。
「お化けとか、苦手じゃないんですか?」
真下はニヤニヤして訊くが
「実際にいれば怖いだろうけど、あまりオレそういうの信じてないし」
「おかあさんとか」
とは、雪乃。
「いや、優しいよ。こわいというイメージはないね」
「じゃあおとうさん」
「お前じゃないんだから、親父にびびったりしないよ」
思いついた雪乃は笑って言った。
「あっ、新城さんでしょっ」
一瞬ギクッとしたが
「苦手だけど怖くはないよ。所詮よその店の人だし」
ちょうど戻ってきたすみれ。
「青島くんが怖いのは、裏付捜査よ」
とクールに言うと
「こわっ!」
と青島は頭を両手で覆う仕草をし、それを見てみんなはひとしきり笑ったが、その様を見た魚住は
「・・・平和だねぇ」
とつぶやいた。

[2000年03月23日(木)]

「先輩は相変わらず長いですねぇ」
ハンカチで手を覆った真下と青島がトイレから出てくる。
「昔からそうなんだよね」
と笑う青島。
「お前は逆に妙に短いよな。トイレ行く間隔も短いし」
「ここが短いんでしょうねぇ」
お腹のところに手を当てる。 「女の子みたいだな」
そこへ腕組みしたすみれ。
「何こんなとこでそんな話してるのよ」
「いや、こいつの刑事の資質の無さについて語り合ってたんだよ」
青島が真下を指さしてキョトンと言う。
「なんでそうなるんですか!」
怒る真下だったが
「じゃああるのか?」
と言われて
「・・・」
と考え込んでしまった。
「それとこれとは関係ないじゃないですか!」
という台詞を思いついた頃には、その場からは誰もいなくなっていた。

[2000年03月22日(水)]

戻ってきた夏美と桑野が署の入り口で立ち止まった。
ちょうど署の三階あたりを見て、ニコニコしている。
そこへ別方向から帰ってきた雪乃と和久も、先ほどからいる二人の横で、同じく見上げた。
それに気付いた立ち番の緒方と森下も出てきて、やはり見上げる。
ちょうど出るところだった魚住も、夜勤明けらしいすみれも、皆と同じ空を見上げた。 そこへ帰ってきた青島と真下。
立ち止まっている一同を不思議そうに眺めたあと、その視線を追った。
署の建物の後ろから日光が射す形になり、手を翳し目を細める。
目が慣れてくると、署長室でゴルフの素振りをする署長とその横で手を叩いて何か言っている副署長が映る。
その時、風が吹いて、視界の中で何かが揺れる。
焦点を手前に合わせると、緑の葉豊かな桜の木が映る。
その枝葉の中にひとつ、今にも開こうとしているつぼみを見つけた。
そして青島ははじめて、にこりと微笑んだ。

[2000年03月21日(火)]

「すみれさん、お弁当作ってくんない?」
「なんで私が青島くんのお弁当作らなきゃいけないのよ」
「もうコンビニ弁当も飽きちゃってさ。頼むよぉ」
「なんて声出してるのよ。そんな可愛い子ぶってもだめよ」
「一個作るのも二個作るのも同じでしょ」
「何言ってんの。私は自分のお弁当だって作ってないわよ」
「あーそうだっけ」
「私は至高の味覚を求めているのよ」
「立ち食いソバや牛丼屋で至高の味も何もないよ」
「うるさいわね。美味しくてかつ安いものを求めてるのよ」
「お前ら・・・」
和久がチャチャを入れた。
「よく背を向けたままでそんな夫婦漫才ができるな」
そう言われて初めて振り返ってお互いの顔を見た二人だった。

[2000年03月20日(月)]

青島が出勤すると「ほんとに、気を付けて下さいよ」と言い終わった緒方が真下の席を去ったところだった。
青島はカバンとコートを置くとすみれと一緒に真下に詰め寄った。
「おい、真下。昨日どうだった」
「雪乃さんにお食事誘われたんでしょ?」
青島もすみれもニコニコしている。
「えぇ、まぁ・・・」
と真下も笑い返したが、すこしやつれているようにも見える。
「どこ行ったの?」
とすみれ。
「湾岸食堂です」
答えたのは、雪乃だった。
「前にすみれさん達が入ってくの見たけど、あの時外で待ってただけだったでしょ?一度食べてみたくって」
何かを思い出すようにお互いを見る青島とすみれ。
が、すぐに青島は視線を外して
「雪乃さん、こいつ変なことしなかった?」
と真下を指さして冗談半分に訊くと、雪乃は顎に指を当てて少し天を見て考えたあと
「しました」
と答えた。
「えっ!?」
また顔を見合わせる青島とすみれ。
「いや、そうじゃなくて・・」
それと察した雪乃が慌てて続けた。
「なんだか真下さんすごいテンションで。ワイン飲み過ぎちゃったみたいなんですよ」
真下はしょんぼりしている。
「で、お店を出たら何か叫びながら堤防にのぼって上を歩き出しちゃって」
「そりゃ変だわ」
と呆れたのはすみれ。
「フラフラしてたから危ないって言ったんですけど、そのまま道路に落っこちちゃったんです」
よく見ると真下の頬には絆創膏。
「緒方さんが丁度通りかかって、手を貸して貰ったんです。それで怒られてたんです、今」
それを聞いたか、ますます沈む真下であった。

[2000年03月18日(土)]

武の花粉症が少しおさまった。
「あら、鼻赤くないわね」
とすみれが笑って言うと
「えぇ、良い薬教えて貰いましてね」
武は嬉しそうに、あくび。
「ふわわ、ただこれ眠くなるんですよねぇ」
「あら、でも武くんはいつも眼がとろーんとしてるから、変わらないわよ」
とすみれに明るく言われ、複雑な顔をした。

[2000年03月17日(金)]

青島はボケッとそれを眺めていた。
ニコニコ!
という擬音がピッタリなのは真下。
そのうちグフグフ言い出した。眼の焦点も心なしか合っていない。一応笑っているらしい。
「大丈夫なの?」
と、心配そうに青島の顔と並ぶのはすみれの顔。
そのうち机にかぶさるように顔を隠した真下だが、肩はカクカクと揺れている。
「ありゃあねぇ・・」
と青島が言いかけたところで
「わぁぁ!はははは!」
とうとう飛び出て行ってしまった。
「雪乃さんに食事に誘われたらしいよ。こないだのコーヒーこぼしたお詫びだって」
ふーんと返すすみれの声よりも、廊下の向こうから響いてくる真下の笑い声の方が、はるかに大きかった。

[2000年03月16日(木)]

玄関で車を待つ青島はポケットに手を突っ込んで立っている。
しばらく口笛を吹かしていたがそのうち飽きてしまい、タバコをくわえて火を付けようとしていた。
「?」
どこからか堅太りした犬がやってきて、尻尾を振っているのに気が付いた。
「なんだ?お前、どこから来たんだ?」
嬉しそうに舌を出している犬。
「そんな顔したって何もあげないよ」
と言うと、言葉が通じるのか振り向いてどこかに行こうとした。
が、慌てたように引き返して、青島の足下で小さくなる。
「なんだ?」
と、その先を見るとちょうど帰ってきたすみれ。
「なによ、失礼ねぇ。私の顔を見た途端に逃げてったのよ」
とブツブツ言っている。
「!」
中腰になって犬の顔を確認する青島。
「パスタ!」
と遠くから叫んだのは、階段を駆け下りてくる副署長である。
「パスタだったのかぁ」
驚く青島の足を蹴飛ばしながら走っていき副署長に飛びつくパスタ。
門のところでは非番の桑野が笑って見ている。
「こんなに大きくなったから分からなかったわ」
とすみれも驚く。
「相変わらずすみれさんは苦手みたいね」
と笑う青島に
「あんなに大きくなっちゃ食べられやしないのにねぇ」
と、一緒に笑うすみれ。

[2000年03月15日(水)]

「先輩、どこ行ってたんですか?」
「どこでもいいだろ。有給とるのにいちいちお前に許可を得なきゃいけないのかよ」
「そうですよ。だって先輩の上司ですもん」
「あ、そ」
「どこ行ってたんですってば」
「ちょっと待て、許可貰うのにどこ行くかまで言わなきゃいけないのかよ」
「そうですよ。警察官ですもん。家にいるって言っておきながらどこか行っちゃうのは先輩だけです」
「知らないよそんなの。非番の時に呼ばれたかないね、しっかり働くためにはしっかり休まなきゃ」
「あ、すみれさんおはようございます」
「おい、聞いてるのかよ」
「あら、青島くん、おはよ」
「おはよ」
「どこか行ってたの?三日も連休とっちゃって」
「うん、友達の結婚式行ってたんだ」
「あ、せんぱーい。すみれさんには素直に白状するんですねぇ」
「別にいいじゃないか、オレの勝手だろ」
「そういう姿勢は新城さんに嫌われるわよ」
「なんでそこで新城さんが出てくるわけ?」
「この前の窃盗団の件で連絡があったみたいですよ」
「ふーん。そうなんだ」
「興味なさそうね」
「興味なんてもったら裏付捜査やらされそうだからね。無視無視」
「僕達で捕まえようと思ったのに、しゃしゃり出てきて捕まえていったのは本店ですしね」
「まぁオレがどう動いたって新城さんに気に入られるなんてことはないんだから気にしないよ」
「そんなこと言ってると出世に響くわよ」
「言わないからって出世すると思う?オレが?」
「先輩、さすが自分のことはよく分かってらっしゃる」
「うるさいよ。お前だってちっとも出世しないじゃないか」
「何二人で罵りあってるのよ。ほら、仕事仕事」
と、いつもの朝がはじまるのだった。

[2000年03月11日(土)]

ペタペタと変な音が刑事課に響く。
「なんだ?この音??」
帰ってきた和久と青島は耳を澄ました。
ペタペタペタペタ・・・。
「なんでしょうねぇ」
青島はそう言いながらカバンを降ろした。
「あ、先輩、おかえりなさーい」
と真下が言うと、同時に音が止まった。
「?」
「音、なくなりましたねぇ」
「なんだったんだ、ありゃ」
和久は青島と顔を見合わせ首を傾げた。
「なんです?」
不思議そうな顔をする真下。
「いや、なんでもないよ」
と、真下へ顔を向けた青島は、その手元のノートパソコンに気付いた。
「あ、それ、修理出さなかったのか?」
「えぇ、一晩乾かしたら直りました。良かったですよ」
とニコニコ喜ぶ。
「でも砂糖入りコーヒーでしたからねぇ。引っ付くんですよ」
とキーボードを叩くと、ペタペタペタペタ。
「あっ」
と、和久と青島は同時に声を上げたのだった。

[2000年03月10日(金)]

「あっ!」
と叫んだのは真下だったが、コーヒーをこぼしたのは雪乃だった。
落ちても音のしない紙コップの代わりに、真下の口から悲鳴があがった。
「うわぁぁぁ!!」
真下のノートパソコンから湯気が上がっている。
そのキーボードの上で紙コップは逆さになっていた。
「ごめんなさーい」
と両手を合わせる雪乃。
「あ、え、あ、雪乃さんのせいじゃ・・でも・・あ・・」
動揺している。
「何か紐に引っかかったんですよねぇ」
と足元を見渡す雪乃。
「あっ」
と駆け寄ってきたのはすみれ。
「真下くん、これ」
と指さしたのは、真下のパソコンの電源ケーブルだった。
中途半端に宙に浮いている。これに引っかかったのだ。
「あ・・・」
ノートパソコンをひっくり返してコーヒーの滴を飛ばすべく振っていた真下の手が止まった。
「そりゃ真下が悪いんだよ」
と向こうで和久が茶化している。
「ごめんなさい。弁償しますから」
と言う雪乃に文句も言えず、ただ頭の中で修理代を計算する電卓がフル活動するのだった。

[2000年03月09日(木)]

「おいっ袴田っ」
と、秋山副署長に何やら叱られているように見える。
「どうせ仕事の話じゃないっしょ」
と、青島は親指でその二人を指しているが、袴田はバツが悪そう。
青島の話している相手は波子。
怒られている様子の父親を見て苦笑いしている。
そこへ向こうからやってきたすみれが後ろから秋山の肩を叩く。
「副署長。波子ちゃん、来てるんですよ」
それを聞いて「しまった」という顔をした秋山。
「あっ、あのへちゃ・・、いや波子ちゃんかぁ。いるならそう言ってくれれば良かったのにぃ」
と言いながらそのままどこかへ消えていってしまった。
真下は波子に
「いや、仕事で失敗したわけじゃないんですよ。ゴルフコンペでどこかの偉いさんよりいい成績だったそうで、それを言われていたんです」
と、フォローのつもりで笑って言ったが、それはそれで波子は苦笑いするのだった。
ますます小さくなる袴田。

[2000年03月08日(水)]

「おーっ」
と喉から声を出した青島の目線を追うすみれ。
「なにデレデレしてんのよ」
と呆れ顔。
「いいじゃないの。ポニーテールだよ?男の憧れじゃないのよ」
と、青島は何故か少し興奮している。
そのポニーテールの張本人が圭子。
しばらく忙しくて髪を切れなかったので、適当に結んだらこうなったのだ。
すれ違う真下も思い切り振り返ってその髪を見る。
「やーね、男って」
と、最近切ったばかりの髪を指で丸めてみるすみれ。
しかし当の圭子は
「ポニーテールは楽だけど、警帽かぶりにくいのよね」
と、明日には切ることに決めていた。

[2000年03月07日(火)]

「あらあら、鼻が真っ赤よ」
と、すみれが武を覗き込む。
「花粉症なんですよ」
と鼻声で応えた武は、空になったポケットティッシュの袋を丸めてゴミ箱に放り込んだ。
「鼻が痛くって痛くって」
と涙目なのは痛さのせいか花粉症のせいか。
ポケットに手を突っ込むと新しいティッシュが出てくる。
「あ、街で配ってるティッシュを使ってるのね」
「タダですから。いっぱい貰ってもすぐなくなっちゃいますよ」
そしてまたチンと鼻をかんだ。
「売ってるポケットティッシュなら紙も柔らかくてトナカイみたくならないわよ」
と、自分のキティちゃんの柄のティッシュを見せるすみれ。
「そうなんですか?いいこと聞いた。早速帰りにでも買いますよ」
と、武はニコニコと、でも鼻は痛そうに、出ていった。
「すみれさん、ティッシュにうるさいんだねぇ。花粉症?」
書類書きしているように見えた青島はしっかり聞いていたらしい。
「そうじゃないわよ」
ツンとするすみれ。
「じゃあなんで?」
「か弱い乙女はよく泣くからよ」
「・・・」
無言で書類書きを再開する青島。
ふくれるすみれ。

[2000年03月06日(月)]

「あ、あ、青島くん」
慌てているのは魚住。
「なんすか?」
もう短くなったタバコを灰皿でもみ消す。
「あ、アンジェラが来たら僕はいないって言ってくれる?」
両手で拝んでいる。
「いいっすよ」 と言った後、魚住の肩越しに 「だそうですよ」
「!」
おそるおそる振り返る魚住。仁王立ちのアンジェラ。ビクッと立ち上がった。
「●×#*$&*!」
フィンランド語でまくし立てている。魚住は手のひらで身体を抑ええようとしているらしいが、完全に押されている。
「いや、ごめんごめん。何かの弾みで落としちゃったんだよ」
と全部言い切らないうちに
「そんなことはいいのよ!結婚指輪無くして黙ってたっていうのを怒ってるの!」
だいぶ日本語がうまくなった、と青島は思った。
アンジェラの手には魚住のものらしき指輪が握られている。どこかに落ちているのを見つけたのだろう。それで隠蔽が発覚したのだ。
喧々囂々の中であったがそのうち魚住がアンジェラの手から奪い取った指輪を自分の指にはめた。
まだまだ口げんかは止みそうになかったが、終わるのももうじきだろうと判断した青島は、和久と仕事に出掛けるのだった。

[2000年03月05日(日)]

「今日は暖かいねぇ」
が、青島の今日の第一声だった。
「そうですか?」
と答えたのは唯一青島より早く来ていた雪乃。
「なんだか青島さん、いつもより痩せて見えますよ?」
不思議そうな顔して首を傾げる。
「ほら」
と青島がコートの前を両手で開く。
「あ・・・」
雪乃は気が付いた。
「インナー外したんですねぇ」
「もう一回くらい冷え込みそうだからまた付けるかもしれないけどねぇ」
二人は同時に窓の外を眺めるのだった。

[2000年03月04日(土)]

「昨日は楽しかったらしいな」
今日は室井が来ている。
「はぁ?」
青島が口を開けた。
「新城が言っていた。『なんだかドタバタしただけたった』とため息付きで」
「自分はちっともドタバタなんてしてないくせに。あの人は『確保!』って言っただけですよ」
火を付けてないタバコをくるくる回した。
「上はたいそう喜んでいたぞ。新城もじきに上に上がってくるな」
腕組みしたまま室井が唸った。
「どうして新城さんは場所が分かったの?」
隣で椅子に逆向きに座って聞いていたすみれが訊ねた。
「桑野さんが教えてくれたらしいよ」
タバコに火を付けた。
「その時の新城さんの顔が頼りなくて、それで自分も来たんだってさ」
室井は静かに聞いている。
「ドンビシャだったね。あれで逃げられてたら新城さん降格だったかもよ。ますます桑野さんに頭上がらないね」
「そんなに彼女が苦手なのか」
室井が訊く。
「もう苦手なんてもんじゃないわ。天敵ね。青島くんとよりも相性悪そうよ」
すみれも室井を真似たのか腕組みをして頷きながら答えた。
「桑野さんも『あれが室井さんだったら』って何度も言ってたし」
丁度テレビでは連続自転車窃盗団検挙のニュースを大々的にやっている。
「警察も権威回復に躍起だね」
それを眺めながら青島が呟いた。
その瞬間、室井が悪寒を感じたかのように背筋を震わせた。
「どうしたんです?」 不思議そうな顔をする青島と 「いや・・体調は悪くないはずなんだが・・」
と首を傾げる室井。
刑事課の向こうの柱の陰から、桑野が目を輝かせて室井を見つめていることに、すみれだけが気付いていた。

[2000年03月03日(金)]

「アチッアチチッ!」
飛び上がる真下。
「お、ごめんごめん」
と、真下の頭の上でタバコの煙を吹かしているのは青島。
「ごめんじゃないですよ。もう。あっち行って吸ってくださいよぉ」
ここはとあるマンション群の駐輪場の一角。
桑野や近所の人達の情報からは、窃盗グループと思しき少年達が数回に渡ってうろついていた場所であるらしい。
青島達はその隅の物陰で張り込み中である。
「絶対あいつら、ここを狙う」
「昨日から何度も聞いてますよ、それ。その自信はどこから来るんですか」
タバコの煙を手で払いながら怪訝そうに訊く。
「勘だ、刑事の勘」
「勘?」
ますます不機嫌そうに思い切り語尾を上げる真下。
「お前うるさいよ」
確かに真下の言葉がそこら中で反響している。
「先輩のアテにならない勘なんてものに僕は二日間も寒い思いさせられてんですか」
「オレだって寒い思いしてるよ」
「先輩のは自業自得って言うんです。僕は被害者だ」
「おーそうか。じゃあ被害届出せよ。オレがまた刑事の勘で犯人とっ捕まえてやるよ」
そう言いながら新しいタバコに火を点けた。
「また、ってまだ捕まえてないですよ」
ふくれる真下。
「ってな、お前分からないか?」
「何がですか?」
「ほら、三棟のマンションに囲まれてる。窃盗するのに見つかりにくいだろ」
「えぇ」
「それにな、この自転車の数だ」
駅の駐輪場と見紛うばかりの自転車の数。三棟分の自転車が集まっているらしい。
「外に出ても一本道だし人通りも少ない」
「はぁ」あたりを見渡しながら返事をする真下。
「まぁ多少見つかり易くてもこれだけ自転車があればここしかないだろ」
「そうですね。あ、アチッ!もうっ、向こう行って吸ってくださいってば」
「はいはい」
青島は中腰を立たせた。
それにな、と付け加えた。
「オレがいるところに事件が起こることになってんだよ」
と言いながらどこかへ消えていった。
「まったく・・」としばらく真下がブツブツ言っているとそのうち複数の足音が聞こえてきた。
「!」
ソロッと顔を出すと、数人の少年がキョロキョロしながら歩いてきている。
目つきが怪しいのは真下にも分かった。
「先輩っ!」
声にならない声をあげ、出していた顔を引っ込めて壁にピタリと背中を張り付けた。
自分が追い出したくせに青島を呼ぶが帰ってくる気配はない。
「肝心な時にいないんだからっ」
少年達を探ろうとまた顔を出すと、数分も経っていないのにもう自転車に乗ろうとしている。大きなペンチのような物をもっているところを見るとチェーンキーを断ち切ったらしい。
最初は判らなかったが、よく見ると六人ほどいることが確認できた。
視線だけは周りの様子を窺いながら、真下は胸ポケットに突っ込んだ右手を握った。その中には十字架。
「うん」
祈るように頷くと、ついに踊り出た。
「警察だ!おとなしくしなさい!」
自分でも出したことのない声を出したが、いかにも頼りないのは自分でも判った。
相手の人数が多くて視点が定まらないが、左手には警察手帳がしっかりと開かれている。
ここの入り口は二つあるのだが、今朝早くから片方の入り口をカエル急便の引っ越しトラックが塞いでいて、つまりは袋の鼠である。
それもあって真下は多少なりと少年達が慌てふためくところを予想していたのだが、皆一様にシラッとしている。
「なんだ?この余裕のある目・・?」
と思った瞬間、一同揃って自転車に跨り真下に向かって突っ込んできた。
「うわっうわわわ!」
と、真下は頭を抱え目をきつく閉じてしゃがみ込んでしまう。
その横を抜けていく自転車のタイヤの回転音。
「しまった!」
と立ち上がって振り返ると、その一つしかない入り口を何かが塞いでいる。
「せんぱいっ!」
それは、両手を広げて立っている青島だった。
コートが大きく広がり、威圧感を増幅させている。
「お前、本当に役に立たないなぁ!」
と真下に向かって叫ぶと、その前で三人横滑りに転んだ。
「ほら、危ないぞ」
と、のんきなことを言っていると、残りの三人がその横を走り抜けた。
「ちっ」
と振り返り、こいつらを頼むと真下に叫ぶと、走って追う。
「この集団に二人じゃ捕まるものも捕まらねぇっての」
と、コートをはためかせたが、当然追いつかない・・・。
はずが、三人は戻ってきて青島のすぐ目の前に止まった。
「?」
道路に出ると、パトカーの集団が左右の行く手を塞いでいるのを見つけて、青島は目を丸くした。
最前には仁王立ちになった新城である。
一瞬睨みを利かせたあと、
「確保!」
と声を張り上げ、それに合わせて二十人はいるかと思われる警官の集団が取り囲もうとする。
青島もすぐ目の前の一人の腕を捕まえたが、残りの二人は目配せをして警官たちに向かってまた突っ込んでいった。
同じ目に一度あった真下なら心構えも出来ただろうが、警官達は一瞬驚いてその為に動きが止まった。
その瞬間、タイヤを大きくドリフトさせて直角に曲がる。その先には地元の人も気付かないような細い路地。
警官に後を任せてそこに出てきた真下は
「逃走経路が確保できている余裕だったか!」
と叫んだが、既に被疑者はその路地に入ったあとだった。
「何をやってる!追え!」
と新城も叫んでいるが、その細路地の先がどこに続いているのか知る警官は無く、皆ただあたふたとするばかり。
何やってんだ、と青島は口には出さなかったが、代わりに頭を抱えて空を見上げた。
「くーっ」
と唸っていると、路地の奥から
「あおしまぁ!」
と叫ぶダミ声が聞こえてくる。
「うん?」と路地を覗くと、奥から逃げた二人が恐怖に怯えた表情で必死に戻ってくる。
「あおしまぁ!確保しなさぁい!」
と、その後ろから凄い形相で追いかけてくるのは、桑野であった。
事件はドタバタのうちに、こうしてその幕を閉じた。

ハァハァと肩で息をする桑野。何故か夏美がそれをパタパタ扇いでいる。
桑野は両膝に手をついた形で、それでも力を込めて言った。
「こんな・・ことに・・なると・・思ってたわよ」
その後ろで
「パトロールに行こうって変な時間に言うからなんだろうと思ってたけど、こういうことだったんですね」
夏美が笑顔で感心している。
「突然思い出したように『ここで休憩しましょう』なんてパトカー止めたのがすぐこの先で、止めた途端に今の子達が自転車で走ってきてるのが見えて・・」
桑野が呼吸を整えて続けた。
「怪しいから話を聞こうとパトカー降りたら、私の顔を見るなり逃げ出したのよね」
「さすがっすねぇ」
青島は心から言った。
「やっぱり先輩のも桑野さんの威圧感にはかないませんね」
と言った真下の笑顔が止まったのは、それどういう意味よ、と桑野に後ろ頭を叩かれたからだった。
つまり、みんな嬉しかった。

「ご苦労様でした」
警官の一人が新城に声をかけたが、声をかけられた本人は故意にか本当に気付かなかったか、それを無視した。
「窃盗団ならまだ百歩譲って一課の仕事だと思ったが、捕まえてみりゃ全員少年じゃないか。少年課の仕事だこれは」
と、眉間に昨日より一段と深いシワを寄せたあと大きくため息をつき、そして車の中に消えた。

[2000年03月02日(木)]

雪乃がコーヒーを煎れようと席を立つと、遠くから響いてくる複数の足音に気付き、その聞こえた方向へ顔を向けた。
眉間に皺を寄せた一団が向かってくる。
先頭を歩くは新城。
「青島はどうした」
入り口に一番近いすみれに訊いた。
「捜査でしょ。朝からずーっと出てるわよ」
「うむ、そうか」
と、出ていこうと振り返るとそこには桑野が立っていた。
「な、なんだ」
新城は桑野が湾岸署にいることを知らなかった。
「なんだはないでしょう。仕事中です。遊んでるように見えますか」
「い・・いや・・」
たじろぎながらも決して視線は外さない。
「青島刑事たちなら海浜公園駅で張り込みしています」
「そうか、ありがとう。いくぞ」
最後の言葉は一団に向かって言い、そのまま去っていった。
少しの間それを見ていた桑野だったが、夏美の声に呼ばれて行った。
「なんなの、あれ」
と、和久に訊くすみれ。
「新城さんは桑野さんが苦手なんだよ。なんでも以前に桑野さんからきつい一発をくらったらしいぞ」
ニヤニヤしながら答える。
「へぇ・・」意外な弱点もあるものだと、すみれは新城達が去ってもういない跡を見て、頷いた。
そこへ夏美と桑野が通りかかる。
「これからパトロールです。海浜公園駅周辺を」
夏美はすみれたちに向かって笑いながら言った。
「こら、余計なことは言わなくて宜しい」
と桑野がつつく。
「はーい」という夏美の返事と共に、二人は階下へ降りていった。
「なんだかみんな忙しいわね」
すみれが呟くと、和久が説明した。
「昨日桑野さんから情報貰って、青島のやつはもう犯人捕まえた気になっちゃったんだな。それで本店に連絡したんだ。 『有力な情報を手に入れたので可能なら被疑者を確保します』ってな。」
和久は笑いを浮かべながら続ける。
「それで驚いたのは新城さんだ。今まで捕まらなかったのが青島と真下二人だけで捕まえたとあっては捜査一課の面目が立たねぇ。それ出陣だ」
よほど和久には嬉しいらしい。
「桑野さんの方は青島達が解決すると思ったのに本店がまたしゃしゃり出てきた。心配になって見に行ったんだな。『新城さんは相変わらず器が小さい』くらい思ってるかもな」
と、言ってお茶をすする。
「それほんと?」
すみれは訝しげに訊いた。
「だいたいこんなとこじゃねーかな。全くこの通りじゃなくてもそう遠くはねぇよ。こう見えてもオレは刑事だからな」
と、腕組みをした。
「そうかぁ、じゃああの新城さんの眉間のシワは気合いじゃなくて、憂鬱のシワだったのね」
と、すみれも笑った。

[2000年03月01日(水)]

「ちょっとちょっと」
と桑野が青島と真下の襟首を捕まえて、ミニパトに押し込んだ。
何が起こったのか二人には判らなかったが、走り出してしばらくしてようやく気を取り直した。
狭い後部座席でひっくり返っていた真下はクビをさすりながら起きあがりイテテテなどと言っている。
助手席の青島が訊く。
「いったいどうしたんすか?」
正面を睨むように運転している桑野はチラとも見ずに
「いいから黙ってついてらっしゃい」
しばらくして着いたのはお台場海浜公園駅。
車を降りて向かった所は、駅裏手の団地の駐輪場。
「あ、今日はいないのねぇ」
と桑野がつぶやく。
「?」という顔の真下。
「なんなんすか?」
青島はキョロキョロあたりを見渡してながら訊く。
「パトロールしてたらね、なんか怪しい男の子がいたのよ」
「怪しい?」聞き返したのは真下。
「物色してるような感じでね、声をかけたら逃げたのよ。追いかけたら仲間がいたみたいで一緒に走っていくのが見えたの」
顔を見合わせる青島と真下。
「団地の人に訊いたら知らない子みたいで、ここ二三日見かけるらしいのよね。なんか変でしょ」
「確かに怪しいですね」
「推測だけで判断してはいけないけど、どうせ他に情報ないんでしょ?このあたりを重点的に調べてみたら?」
口調は厳しいが、青島たちには有り難い情報だった。
「ありがとうございます。よし、真下行くぞ」
と、走って行く二人。
「明日は新城管理官が来るんだっけ」
と、桑野は独り言を言いながら、ミニパトに戻った。

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