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2006/5の湾岸署

[2006年5月26日(金)]

「で、沖田管理官とは話せたわけ?」
とすみれ。
刑事課である。
中西が係長席でアクビをしている以外、誰もいない。
「いや、なんかそのままバタバタで、俺らは裏付けあったし、結局何もなかったよ」
と、書類を書きながら答える青島。被疑者宅から押収して来たらしいDVDたちが無造作に置かれていた。
「ふーん、デートのお誘いかしらね」
と笑いながらクルリと椅子をまわし振り向いたすみれだったが、青島は後ろを向いたまま
「いいねー、年上の魅力」
と棒読みで答えたあと
「『砂の器』・・・と」
と書類にタイトルを書き込んだ。
「よし、これで終わりっ」
散らばったDVDを整理して箱に詰める。書類は魚住の机の上に置いた。
「しっかし、一時の喧噪に比べたら、静かになって寂しくなったねー、ここ」
背伸びをしながら青島。
「そうねぇ。個人情報がどうとかで、観光係は一階になったしね」
とすみれ。
「じゃ、そろそろかえろっかな」
と腕時計を見る青島。
「じゃあたしも」
と後に続くすみれ。
その瞬間、頬杖をついていた中西の頭がガクッと落ちたのだった。

[2006年5月25日(木)]

青島は
「久々の捜査本部っすね」
と嬉しそうにしていたが
「人ひとり亡くなってるんですよ」
と雪乃にたしなめられた。
皆が今までいた会議室の入り口に貼られている“台場OL殺人事件特別捜査本部”と戒名を見ながら、前を歩く魚住が言った。
「なんでも戒名の頭を『美人OL』にしようとしたけど、顔が署長の好みじゃないからって却下されたらしいよ」
ニヤつきながらだったが、こちらも雪乃に睨まれて殊勝な顔になった。
「昨日も沖田管理官来てたから何かと思ったけど、これの前触れだったんすかね」
と青島。
「まさか、彼女だってエスパーじゃないんだから、今日起こる事件を予知できないでしょ」
微笑む雪乃。
「いや、むしろ犯人だったりして」
と冗談を言いかけた青島に、
「え?来てたの?なにしに?」
と何も知らない魚住が驚いて振り返ったが、青島も首を傾げて見せるだけだった。

そこへ後ろから袴田がやってきた。
「おい、おい、青島くん。君、運転手決定ね」
「はぁ?今捜査会議終わったばっかじゃないすか。もう決まったんですか」
「いや、ほら、これが、これで」
と上の階を指さしながら、口の前で手をチューリップのような形にして何か出てくる仕草をした。
「署長が何か言ってたんすか」
「私もよく知らないんだけどね。沖田管理官のご指名だそうだ」
そう言って袴田は忙しそうに小走りで去っていった。
「うわあ」
と同情の目で青島を見る雪乃。
「当たりくじだねぇ」
と魚住。
青島は
「森下くん、変わってくんない?」
と振り返って言ったが、森下は
「ご指名じゃないですか」
と言ってクビをぶるぶる振った。
「ちぇっ」
と前を向こうとした青島に、廊下の端からドタドタと大きな足音と共に駆けてくる緒方の姿が見えた。
「犯人、確保!確保しました!」
と声を裏返らせながら、興奮気味に叫んでいた。

[2006年5月24日(水)]

「あっつー」
青島は羽織っているいつものコートの襟をパタパタと扇がせた。
「おい、まだかよー」
青島の前で小さな椅子に腰掛けている和久。こちらも毛糸の帽子にジャンパーといういでたちだ。
「ごめーん、ちょっと待って!」
二人の向かいですみれと雪乃がカメラに格闘している。三脚に立てられており、すみれはやや背伸びしてカメラを覗き込んでいる。
ここは湾岸署裏手の川の土手。

彼らの姿を、署長室から署長らが見下ろしている。
「何やってんの、あんな暑そうな格好して」
と署長。
「ご老人が若者に襲われる事件が多発しておりまして、それ用の啓蒙ポスターを作ろうということになったんですよ。その写真撮影ですな」
と揉み手の副署長。
「和久さんに手伝ってもらって、青島くんが犯人役ですな」
袴田はそう言いながらブラインドカーテンを半分下ろした。まぶしそうにしていた三人の表情が普通に戻る。
「年中貼るポスターなので季節感が出ない服装をと言ったのですが」
と言う袴田に
「季節感が無いどころか真冬に戻ってるじゃないかね、袴田くん」
と署長。
「ですね」
と副署長も続け、そしてイヒヒヒヒと意味もなく笑った。

「あちちちー!」
結局青島も和久も上着を脱いでしまった。
「おめぇが『暴漢と言えば冬だ』とか訳のわかんねーこと言うから付き合ったが、もう勘弁してくれ」
と和久が根を上げた。どこかから扇子を出してきてパタパタ扇いでいる。
「昨日見た映画にそんなシーンがあったんすよ」
青島も顔を真っ赤にしている。
「ごめんごめん、撮るよー」
ようやく準備が出来たらしく、すみれが声をかけた。
雪乃はファインダーを覗き込みながら二人に向かって手を振っている。
「おっし」
と二人は位置に付き、和久は釣り竿を垂らし、青島はその後ろでバットを振り上げた。
「はい、いいぞー」
と和久が返事をしてすみれたちを見たが、二人はカメラそっちのけで署の入り口を向いていた。
「?」
青島たちも釣られて見てみると、黒塗りのクルマが横付けされ、沖田管理官が降りてくるところであった。

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